仕事
家内と議論。
家族のために働くのはやめろという。犠牲を強いているようで罪悪感を感じるから嫌だと。
彼女にとっては仕事=キャリアである。妥協などありえない。
他方、こっちは自分のためにやっているには違いないが、結果的にそうであるにすぎない。一義的には、はやり一家の大黒柱として歯を食いしばっているという意識の方が強い。
仕事観の違いというより立場の違いのような気がする。
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家内と議論。
家族のために働くのはやめろという。犠牲を強いているようで罪悪感を感じるから嫌だと。
彼女にとっては仕事=キャリアである。妥協などありえない。
他方、こっちは自分のためにやっているには違いないが、結果的にそうであるにすぎない。一義的には、はやり一家の大黒柱として歯を食いしばっているという意識の方が強い。
仕事観の違いというより立場の違いのような気がする。
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「特別講義 世界経済危機 これから起こる大激変」を買った。悪い悪いといってもGDP成長、中国が6.9%、インドは5.1%だと知って、ある意味ほっとした。
菅沼剛「成功する行政書士オフィス開業&運営バイブル」、読了。行政書士ビジネス展開の戦略実例が非常にためになった。
青色申告のソフトが紹介してあってグー!!
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ジュンク堂。菅沼剛「成功する行政書士オフィス開業&運営バイブル」(技術評論社)、福多利夫・伊藤幸夫「社内LANとインターネット導入と運用の常識」(ソシム)、遠山暁他「経営情報論」(有斐閣アルマ)。
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元の職場で仲良しだった同僚に店を紹介してもらった。営業的なセンスはピカイチなので、非常にありがたい。営業というのは半端じゃない。
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仕事直結。梅田弘之「パッケージから学ぶ4大分野の業務知識」(翔泳社)がどんピシャ。まずはこいつを読んで、それからやね、IT技術の知識を仕入れるのは。非常にエキサイティングである。繰り返すが、とにかく仕事直結なのだ。
あと三好康之「ITエンジニアのための業務知識がわかる本」(翔泳社)、それから阿部満「IT経営実践の知識」(同友館)も買った。
前者は、「パッケージから…」同様、どんピシャ本だが、ちょっと堅い感じなので、後回し。「IT経営…」については何ともいえん。勢いで買ってしまったが、これまた仕事本なので、投資なのでまあいいだろう。タイムリーではある。
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昨日から右の腎臓が痛む。本格的な痛みだ。会社の診療所に行ったが、様子を見ることに。湿布薬をくれたが、なんか違うような直感がする。
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「行政書士こうすれば開業・経営は成功する」読了。
PPM分析とCVP分析を平易かつ実用的に説明していたのがヒット。現行の仕事にも役立った。
それから巻末のQ&A集も実用的で非常にエキサイティングだった。開業の手続きや開業後に行う仕訳が解説してあった。簿記の復習にもなって一挙両得。
あとがきで、行政書士の資格は、独占資格にすがるんではなく、これをコアにして自由にコンサルティングなどを展開するのがいいとあった。で、検定資格なんかを併用するのも一計で、取得を奨励していた。
検定には語学も入っていた。なるほど。英検1級に再挑戦してみるかい。
要するに、努力して無駄になることなんてなにもないっていうのに近い。
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スティグリッツ氏の提案は間違ってはいないとして、白川、滝田両氏の批判に反論する一文を部分引用する。白川日銀総裁はオーソドキシーつまり英米金融資本側だとみなされている。スティグリッツ氏はいわずと知れたノーベル経済学賞学者で、アンチ米国帝国主義すなわちアンチ新自由主義者である。ちなみにいまは風向きが変わったが、日経新聞はかつて新自由主義支持かつ市場原理主義支持の論陣を張っていた。
http://www.niwa-haruki.com/p006.html
…白川氏は、このシンポジュウムで、「政府紙幣」も「日銀券」も紙幣であることには変 わりはないから、スティグリッツ提案は無意味であると、批判している(同じく『日本経済新聞』4月30日付号)。しかし、この白川氏の意見は、「政府紙幣」と「日銀券」のあいだにおける、造幣益の有無という決定的な違いをまったく見逃してしまっている。
言うまでもなく、「日銀券」がいくら発行されても、それによって政府の財政収入と なるような造幣益が生じるわけではない。かりに、新規に発行された国債を日銀が購入し、その代金を新規に発行された「日銀券」で政府に支払ったとしても、それは、結局、政府が日銀からそれだけの額の借金をしたということであり、政府の債務がそれだけ増えるわけであるから、政府にとっては正味の造幣益が得られることにはならない。また、よく知られているように、「日銀券」の発行額は日銀の負債勘定に計上されるのであるから、日銀自身にとっても、「日銀券」の発行によって造幣益が得られるわけではない。しかし、そのような日銀券の場合とはまったく異なって、わが国の現行法のもとでは、「政府貨幣」の発行額は、政府の負債としては扱われないのである。現在、発行されて流通している「政府貨幣」の総額は4兆3千億円前後であると思われるが、それは、政府の負債勘定には計上されてはいない。その発行額(額面価額)から原料費や加工費などの造幣コストを差し引いた差額としての正味の造幣益は、政府の財政収入として一般会計に繰り入れられてきたのである(このことは、旧大蔵省スタッフの共同執筆によって平成6年に大蔵省印刷局より公刊された『近代通貨ハンドブック──日本のお金──』、 114頁でも明らかにされている)。当然、「政府貨幣」としての「政府紙幣」も、同様な扱いとなり、政府に造幣益による(負債ではない正味の)財政収入をもたらすことになる。この点こそが、「政府紙幣」と「日銀券」の決定的な相違点である。白川氏は、この重要なポイントを知らないようである。榊原英資氏も、同氏の『中央公論』平成14年7月号の論文を見るかぎりでは、このことを知らないでいるようである。スティグリッツ氏が、政府紙幣の発行は「債務としては扱われず、…‥政府の財政赤字には含まれない」(『日本経済新聞』4月30日付に掲載された同氏の基調講演要旨)と言い切っているのは、さすがである。
「太政官札」発券の断行が明治維新成功への決定打だった
滝田洋一氏が『日本経済新聞』4月27日付号の「時の目」欄に書いたスティグリッツ提案批判の論文では、「太政官札のを踏むな」と大きく見出しが付けられており、明治維新のさいの不換政府紙幣(金貨との公定レートでの交換が約束されていない政府紙幣)としての「太政官札」の発行を回顧して、それが基本的には失敗であったと判定し、それと類比しつつ、今回のスティグリッツ提案に反対するという議論の進めかたがなされている。
「太政官札」の発行を失敗ないし汚点であったと決め付ける明治維新史の見かたは、総じて、左翼陣営の歴史家たちのステレオタイプな姿勢である。滝田氏も、そのような見かたに追随しているわけである。しかし、坂本竜馬と光岡八郎(由利公正)の夜を徹しての協議(慶応3年10月末)で基本方針が定められ、慶応4年(明治元年)2月から実施されはじめた「太政官札」の発行は、客観的に見れば、明治維新を成功させるうえで、まさに決定打として役立った施策であったのである。すなわち、王政復古(維新政府の樹立)の大号令が発せられた慶応3年末から戊辰戦争が終わった直後の明治2年の9月までの期間をとって見てみると、当時の維新政府は、戊辰戦争のための戦費をも含めて5129万円の財政支出を行なっているのであるが、そのうちの実に93.6パーセントにあたる4800万円が「太政官札」という不換政府紙幣の発行による造幣益でまかなわれているのである(『明治前期財政経済資料集成』第4巻、48~61頁)。
言うまでもなく、当時の維新政府は、まだ基盤が脆弱で、威令も十分には行なわれるにはいたっておらず、租税を組織的に徴収する力も微弱であり、まさに、累卵の上に立っているような危ない状況にあったのである。したがって、戊辰戦役のための戦費支出をも含む巨額の財政支出の93.6パーセントもをまかなった「太政官札」発行による造幣益が、もしも無かったとしたならば、維新政府は存続しえずに崩壊していたにちがいない。このことを想起するならば、当時、維新政府が「太政官札」の発行を断行しえたことこそが、維新の大業を成功させた決定的な要因であったと、考えねばならないのである。ケインズ的な成果を予見していた由利公正
「太政官札」の発行開始から2年後には小額紙幣として「民部省札」の発行もはじまったが、これも不換政府紙幣であった。明明治5年からは、「太政官札」と「民部省札」は、印刷をいっそう巧緻なものとした「新紙幣」とよばれた紙幣に取り替えられた。滝田氏は、 「太政官札」の価値が下がって「ただの紙切れ」になる惧れが出てきたから、「新紙幣」と交換することで通貨価値の維持がはかられたのだと書いているので、この滝田氏の論説を読んだ人は、不換政府紙幣である「太政官札」と「民部省札」が兌換紙幣(公定レートでの金貨との交換が約束されている紙幣)である「新紙幣」に交換されたのだというイメージを持ったのではないかと思われる。しかし、そのようなイメージは誤りである。当時のこの「新紙幣」も、印刷や図柄がやや立派のものになったとはいえ、不換紙幣としての政府紙幣であったことには、なんら変わりはなかったのである。
もちろん、維新政府の基盤が固まり、税収が増えるにつれて、毎年の財政支出が政府紙幣の発券による造幣益に依存する程度は徐々に下がっていったのであるが、それでも、たとえば明治5年になっても、政府の財政支出が政府紙幣の造幣益に依存していた割合は、いぜんとして30パーセントにおよんでいた。しかも、これほどにも巨額の不換政府紙幣が発行され、その造幣益を財源として、文明開化のためのインフラストラクチャー整備や防衛力充実のための巨額の財政支出と諸産業への政府融資が大々的になされ、さらには、廃藩置県にともなう旧藩の藩札等債務の償還なども少なからぬ額で行なわれたにもかかわらず、当時のわが国の国内物価は西南戦争が勃発した明治10年ごろまでは、基本的には安定していたのである。明治元年の物価水準が、その前年の慶応3年の物価水準に比べて10パーセントもがったあと、さすがに、戊辰戦役の影響(若干のタイム・ラッグをともなった影響)をもろに受けた明治2年には、物価の上昇がかなり生じたが、それ以降は、わが国の物価はきわめて安定的であり、明治4年ごろになると、物価水準は明治元年の物価水準とほぼ同じところに落ち着き、明治10年の物価水準は、明治元年のそれよりも8パーセントも低く、慶応3年の物価水準と比べると18パーセントも低くなっていたのである(西南戦争のための戦費支出に起因する物価上昇は、やはり若干のタイム・ラッグをともなって、その翌年の明治11年ごろから生じた、── 山本有造『両から円へ』、12頁の物価指数表を参照)。
ということは、明治初年のころには、徳川幕府の倒壊による先行き不安といった事情による経済活動のがあり(江戸の街が灯の消えたようにさびれたと伝えられている)、マクロ的な生産能力の遊休、つまり、デフレ・ギャップが、巨大に発生していたということを物語っているわけである。すなわち、明治の初年から十年間も物価が安定していたということは、不換政府紙幣の大量発行を財源としてなされた文明開化政策や軍備近代化の推進などによる有効需要の大幅な増大に対応して、そのような遊休生産能力が活用されはじめて、諸種の物資や商品の供給も順調に増えることができたのだということを意味しているのである。まさに、ケインズ経済学のセオリーどおりのプロセスが妥当していたということである…
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エコノミスト誌が減価する貨幣の理論家であるシルビオ・ゲゼルを取り上げた。要するに、地域振興券に四半期毎に印紙を払わなくては使えない縛りをかける。すると印紙代がもったいないのでみんな早く使ってしまおうとする。ゲゼルは、いわゆるマイナス利子の考え方に基づく貨幣システムを考案した。利子というのは、銀行からカネを借りて、余分に返さなければならないしんどい仕組みの根っこにある約束事で、人間は長い歴史において経験的にその弊害を知っていた。だからキリスト教やユダヤ教は利子を禁じていた。利子を所与のものとして受け入れるか、価格の30%~40%が利子相当分だと考えて、利子システムを見直すのか、とうとうエコノミストも動きだしたから、いまはその再考期なのかも知れない。
http://www.economist.com/finance/displaystory.cfm?story_id=12998254
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鈴木じゃなかった、誰だったか名前を忘れたが、とあるブログが引用していたので、メモ。地域通貨ネタである。
欧州どまんなか
August 8, 2006
「キームガウアー」ってなあに
http://www.geocities.jp/tanminoguchi/20060808.htm
話しているうちに、反対したり賛成したりするだけで、本当は現実べったりの自分が少し恥ずかしくなる。忙しいのに私の相手をしてくれているのは、今までドイツで一番成功した地域通貨の「キームガウアー」を立ち上げたクリスティアン・ゲレーリさんである(写真下)。
地域通貨とはなにか。この説明はややこしくなりそうなのでゲレーリさんがしたことを順番通りに書く。今から4年前の2002年に彼はプリーンのシュタイナー学校に「経済」と「情報工学」の課目の先生として就職し、授業で貨幣をテーマにとりあげた。「お金がなんのためにあるのか」からはじまって、利子があるために資本として投下されたお金を殖やす経済成長が不可避になることや、またその弊害を防止するために別のタイプの貨幣が考えられることなどを生徒たちに議論させたという。
そのうちに熱心な生徒(写真下)が会員の間だけで通用する通貨をつくろうといいだす。
このシュタイナー学校があるプリーンは、ミュンヘンからザルツブルクへ向かう途中の「キームゼー」という大きな湖の畔の町で、この地域は「キームガウ」とよばれる。こうして2003年にはじまった学校の課外プロジェクトの通貨が「キームガウアー」になったのもこの地域名に由来する。
上の写真は1、2、5、10、20、30キームガウアーのお札と会員カードをしめす。1キームガウアー=1ユーロで、会員は交換所で100ユーロを渡すと100キームガウアーをもらい、会員になった業者から物を買ったりサービスの提供を受けたりするとその代金をキームガウアーで支払う。
過去三年間で購買者会員が1000人に、業者会員が500人に増え、現在7万キームガウアー(邦貨で約1030万円)が流通し、2006年は財とサービスの売上げの総額が140万キームガウアー(約2億6百万円)に達すると予想されている。こうしてプロジェクトは学校の放課後活動の枠を超えて、ゲレーリさんも今では教師を辞めて通貨制度運営に専念している。
はじめは業者会員も自然食品店とか本屋さんだったのが、現在では幅がひろがり、食料品や雑貨など日常に必要なものはだいたい購入できるだけでなく、キームガウアーを受けとる弁護士、電力会社まで出現している。
この通貨の厄介なのは、ユーロにもどそうとすると5%失う点にある。ということは100キームガウアーをもっていくと95ユーロしかもらえないことになる。これが5%の上納で、その2%が通貨制度の運営に、3%が幼稚園、スポーツクラブ、音楽教室などの地域の非営利事業団体(NPO)に寄付される。
キームガウアーがひろまった大きな要因は、人々が自分と関係のある事業団体を援助したいと思い、そのような団体のほうも寄付が欲しいために関係者にキームガウアーの会員になることを勧めるからである。会員登録申請用紙には支援する非営利事業団体名を記入できる。このような団体から寄付を求められて困る人は少なくないので、どうせ必要なパンやお肉や野菜を買うことで寄付できるのなら、これはけっこうな方式ともいえる。
ところが、会員業者がキームガウアーをユーロにもどさなくなったら上納も止まり、この通貨の運営も非営利団体事業支援も不可能になる。そうならないのは、本屋を例にとれば、卸や出版社には仕入れた書籍の代金をユーロで払わなければいけないからである。ということは、この会員制地域通貨はユーロが機能していることから得していることになり、これは寄生関係である。
でもゲレーリさんたちのこの現実主義によって、地域外に出て行くお金がへり、その分だけ経済の活性化に役立っている以上、地域通貨はその目的を達していることになる。ユーロ導入で各国通貨の障壁がなくなり、グローバル化で資本は一番殖える場所に流れるようになった。この結果今度は国家でなく、以前より小さな単位の地域でとばりをつくり、その流れをわずかでも阻止しようとしているのは、健気な振る舞いである。
キームガウアーのもう一つの重要な特徴は「賞味期限」をもつ通貨である。というのは、この貨幣は発行後3ヶ月経過するたびに価値の2パーセント分に相当する延長スタンプを購入して貼り付けないと無効になるからだ。この措置のお陰で、昔から日本でも「金は天下のまわりもの」といわれるが、この会員制通貨はユーロの二倍のスピードでまわる。これも、もちろん地域経済活性化に寄与することになる。
この措置がとられているのは、キームガウアーをはじめたゲレーリさんたちがシルビオ・ゲゼル(1862年-1930年)の「自由貨幣」論の信奉者だからである。この人の理論よると、貨幣が蓄財でなく交換のために手段として役立つことこそ、より自然に機能する経済秩序の実現につながることになり、だから利子の存在を否定する。
ここで冒頭の私の感想にもどる。私はゲレーリさんと話しているうちに少し自己嫌悪を覚えた。というのは、私は戦争ばかりあった20世紀の人間であるためか、右か左かとか、革命か反革命かとかいったことばかりを問題にして、けっきょく自分が今まで身近な現実を変えようともしないで、旗振りばかりしてきたような気がしてきたからである。
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見積もりが上がってきた。
風呂と給湯器、庭先のポストとシロアリ、しめて125万円ほど。長男の学資保険が230万円出るから気持ちも大きくなっている。
さあ、いよいよ2月だ。
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札幌では雪合戦だった。札幌オープン雪合戦だ。勝てば昭和新山国際雪合戦大会に出れる。かつての仲間が試合前と試合後に電話を寄こしてくれた。残念ながら結果は0勝2敗だったそうです。
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王将で晩飯。
高校生のバイトが3人ほどいた。ベテランが火を噴きながら鍋を握る。その貫禄と好対照だった。
働くということを考えさせられた。
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市長宛に給付金を担保とした地域振興券(マイナス利子付の地域通貨)を建白した。なぜ、地域振興券かというとそれはこちらを見てください。
エンデの遺言その1(30分)
http://vision.ameba.jp/watch.do;jsessionid=AE4AE87863F1CD4EFE66D37A4E67D607?movie=566211
エンデの遺言その2(30分)
http://vision.ameba.jp/watch.do;jsessionid=AE4AE87863F1CD4EFE66D37A4E67D607?movie=566214
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