因果
ぼくは浪人して、京大に入った。だが、病に倒れた。やむなく、絶対なりたくないと思っていた、普通の会社員になった。だから、何のために、厳しい受験勉強に耐えたのか、まったく無意味だったとさえ思えることもあった。
しかし、因果はめぐって、子供たちが自然な形で、父親が残した「結果」を乗り越えようとする。ここで、日々感じていたことを再確認。努力したことで、無駄になることなんてまったくありえないんだ。何らかの形で因果はめぐる。
確かに努力にはスマートさがない。ギフトを生かして、苦もなく壁を乗り越えられるひとがいるからだ。
しかし、努力をかっこ悪いなどと言うなかれ。ぼくは思う。努力こそ、すべてのひとをして、偉大ならしめるものだと。
繰り返すが、努力したことで無駄になることなんて絶対にない。必ずなんらかの形で血肉となって希望に結びつく。生きる力となっていくのだ。
これは長年生きてきて、いろいろなものを見聞きして、いろいろな人生を観察してきて、ようやく到達した結論だ。ぼくの信条だと言ってもいい。
努力は尊い、そして努力は正直だ。
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